2010年12月13日|ブログ|個別ページ| コメント(4)
今回のタイトルは、又聞きの又聞きで、聞いた、酒井邦嘉先生の、ヒッポファミリークラブを評する言葉。
例えば、研究者の集団はそれぞれの研究者の研究分野は違っていても、やってる態度が同じような、ホモ(同質な、の意)な集団。それに対しての、ヘテロ(異なった、の意)な集団、と言われたらしい。そしてその集団がたとえば、言語とは何か、みたいな一つのテーマについて考えて、行動しているという現象が、酒井先生にはとても興味深いことらしい。
私、ホモな集団が苦手、ヘテロな集団が居心地がいいな〜、そうか、ヒッポはヘテロな集団か、確かに〜と思った。
その一方で、切り口を変えてみると、違った見方もできる。
ヒッポでは海外に行ってホームステイしたり、海外の人を受け入れてホームステイしてもらう、プログラムがある。受け入れる側もステイする側もそれなりに経済的余裕がある階層となるだろう。経済的な切り口では、ヒッポはホモな集団なんじゃないか。学問的な切り口ではもちろんヘテロ。
あれ?・・・だからどうした、という話になった。
で、3月に、息子と韓国にホームステイに行くことにした、私。
ともかく韓国語をたくさん、聞いたり、言ったり、して身体に取り込んでいきたいと思います。
ヒッポ参加は2004年なので、もう6年。「多言語活動」っていうことについての考え方が、少しだけど変わってきたかな、と思うこのごろ。
で、それは、ヒッポの活動だけによる、というよりも、自分の製本教室やら、骨盤おこし、気功、太極拳などもふくめて、身体を使ったり、もう少し心のことだったりするけれど、「その行為を止めてるのは、自分」みたいなことをよく言われたり、思ったりもすることがある。止めてるものは自分、というのはその通りとして、自分の「何」なのか。それをしっかりと観察することが必要なんだな、と感じる。
多分、たくさんの言葉を聞いたりしゃべったりするのは人間という生き物には「当たり前」のことらしい、とうすうす感づいてきたのが、「変わってきた」と思う点だ。
では、なぜその「当たり前」が機能しないのか。
なぜ、股関節が可動しないのか。
結構近い問題のような気がする。
股割りは、「勇気があれば、誰でもできる」とは骨盤おこしの中村先生の言葉。
今だめなのだから、しっかり観察し、今と違うことを恐れず試みる、という勇気ですね。
情報でしか知らないけれど
ビジネスの世界の人たちは、異業種交流という事もしているみたいだ
以前についていた仕事で、毎日毎日忙しく
(来客もあるけれど、まあ関係者)
あるとき、別の仕事の人たちの仲間に入れてもらい
飲みに行った人が、翌日「新鮮だった!」と
私にはもうそういうチャンスはないのかも
私も、すごく狭い世界に生きてますからね。家に居て、隣の実家で教室で生徒に会って、あとは身体系(含むヒッポ)の趣味の知人友人ってわけでしょ。「ビジネスの世界の人たち」もほんと、情報でしかしりません。まあ、そんなんでいいんだよ、って思う今日この頃です。
韓国交流にうちのファミリーからも母子が参加します。
ヘテロに貢献するようなタイプかもしれません。
宜しくお願いします。
お久しぶりです。そうそう、聞きました。楽しみです、いっしょに準備するの。
最近聞く言葉では「多様性」とかが、酒井先生の使ったヘテロに近いのかな、と思いますが、多様性というと、まじめっぽい。
ヘテロ、は多分、研究者言葉ではごく当たり前の言い方なのかもしれないですが、一般人が聞くと、なんか印象的。へたれ?みたいな感じで。
『DNAの冒険』とか読むと、言いたくなります。
いままでのは、イントロンで、これからがエキソン、とか。