足利は美術館の展示などに年に何度か行く場所で、なんとなく気に入ってます。
鑁阿寺の佇まいとか
(確か元は足利氏の居宅でそのために、まわりに小さな堀割があって独特。そこに鯉だけでなくアオウオ?ソウギョ?が居るのがいい)、渡良瀬川、足利学校、などなどいろいろあり、住んでみたい場所です。
今回は、一泊して山歩きもしてみました。関東平野のヘリに広がる低山をいろいろ登ってみたい、と近頃思うようになって、足利駅からも近い、仙人ヶ岳に登ってみました。
私の山歩きは、植物と昆虫を見るのが楽しみだったんですが、近頃は石とか地形とか地学的なことにも興味を感じてます。ですが、今回感じたのは、またさらに別のこと。
山歩き、なんて格好良く言ってみたところで、私のできるのは、どなたかがきっちり整備してくださった道を歩く、ということだけなんで、偉そうに「山歩き」などと言えない、と思います。よくぞここに道を作ってくださった、草を刈って、赤テープを巻いて、山道を整備してくださる方に頭が下がります。
尾根道からの松田川ダム。
褶曲?節理?などのことばが浮かんでくる、ルート上の露頭(というのかな?)。
おおむね、道はわかりやすく、歩きやすかったのですが、沢にかかる木の橋が朽ちかかっていたり、ハイキングコースという鉄板の看板ひんまがって、明らかに古びているのは、不安な気持ちになります。
沢道の途中の、こんな奥に!というようなところにある生不動という社。それがかなりの荒れ具合。
これを維持する人たちが減り、掛けられるお金が減り、となったった結果なのでしょう。元々は生活の場だった道を、ハイキングコースとして整備したが、ハイキングというにはちょっとハードな状態になってきてしまっている、と感じました。
こんなことを書くのも、帰りの下りで、妻がスリップして付いた手を骨折してしまったから、だと思います。そうでなけば、なんとなく雰囲気だけ感じてスルーしてたかも。
しかし、このところの体験が同じ気持ちに関連して結びついてきました。
尾道では、空き家がたくさんあったところへ、安く住めるということで、アーティストらが移住してくるようになり、現在は「尾道空き家再生プロジェクト」というNPOが生まれ、がんばって活動していて、とても活気が感じられました。
足利市美術館でのザキャビンカンパニーの展示。とても生命感あふれた、面白い、絵や巨大な段ボールオブジェ、そして圧倒的な数の絵本、が並んでいました。この作家グループも、活動の場所を求めて行き着いたのが、廃校になった大分の小学校。そこを使うことを村から許されて、水を得た魚のように、どんどん作品を産んで行っているのですが、高齢化著しいその集落のこれからを心配もしていました。
私自身の実家も、築90年を越え、お手入れ不足になりがちで、いろいろと問題がでてきています。
今の自分や時代の気分や状況を実感した山歩きでした。適度に整備された山の道を維持するのに、自分のできることを、探してみよう、と思いました。そして自分の暮らしについても。
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